終活として、ただ書き続ける。

動画の更新は、しばらく停止

YouTubeチャンネル上での公開動画を停止しようと思います。

今後は、気が向いた時だけYouTube動画を作り、限定公開でブログ上にアップします。

YouTubeチャンネルページに直接アクセスしても観ることはできません。

動画・ポッドキャスト・ブログ

これらは、あくまでもライフワークである執筆生活のおまけにすぎません。

今、ご紹介させていただいてる作品や、記憶のエピソードは、広く世の中に受け入れられるものでも、共感される内容でもないと思っています。それは、この2~3年は特に感じています。

色々と、見える景色が変わりました。

世の中が変わりました。微細な琴線の話は、もう通用しない、スイッチ、トレンド、キーワード、アルゴリズム、オンオフ、削除、保存、スパム……、そして、バン、炎上……と、そいういう言葉の中に片づけられるものだけが、世の中の真実とされていく時代になりました。

今後は、ますます、人間の心も行動も、システム化され、なんらかの表紙がついたいずれかのファイルに挟み込まれ、きっちりと区別されファイリングされていくことでしょう。

もう、この時代の流れは止まりません。

昭和の化石

まだ、私より人生の先輩世代はお元気で、私の親世代もまだまだお元気な方がいらっしゃいます。

しかし、そろそろ昭和を語り続ける世代は、少しずつ消え始めているのも事実ですね。

そして、我が世代は、その語り部の役割をバトンタッチされる世代です。

シンプルでいい。

そう考えるようになりました。

幸運にも、私は新し物好きでなんでもチャレンジしてみようと興味津々なタイプですから、パソコンも30年前から使っています。プログラミングも、ちょっと前の言語ならHPくらいは自分でプチプチ作れます。20年前より、インターネットで仕事もこなしてきました。

そして、今、この年齢になり、体調を崩し、自分を顧みて考えたことです。

もう、シンプルでいい。

時間がない。

 

私は、ただ書き続けよう。

 

正確にキーボードに文字を打つ、誰よりも早く打つことに、ちょっとした自信もあったはずなのに、この1年くらいの間に、ブラインドタッチも誤打が出てきたようで打ち直しをすることがあります。

指の動きが昔よりスムーズじゃないのかもしれません。

なんでも新しいことは、一度はチャレンジして使いこなせるようになりたい。

こういう時期は、もう終わりにしても良いのでしょうね。

これからは、昭和の化石として、ただ書き続けていこうと思います。

ポッドキャストは、ひとり語り

ポッドキャストは、私のひとり語りで、昭和のエピソードを、好きなように好きなことを語っていこうと思います。

リスナーさんは、何を聴きたいのだろう?

リスナーさんは、裏社会の話をもっとしてほしいのだろうか?

リスナーさんは、ただ昭和の話が懐かしくて耳を傾けてくれたのだろうか?

リスナーさんは、ただ偶然、瞬間聴いてみただけなのだろうか?

と、リスナーさんたちが聴きたいお話をしようと、暗中模索していました。

しかし、もうそれもやめます。

気まぐれな話題、気まぐれな更新ですが、月に1~2度は更新していきます。

更新したものは、ブログ内のPodcastのページから聴くことができます。

※7月は、更新できませんでした💦

今月は、更新します。

 

 

 

 

ふと、何かに守られている気がして感謝することがある

親戚には代々お寺の住職という家がある

 

もう長い年月が過ぎ、ほとんど縁は切れている。

私のかつての御仲人さんであり、ある寺の住職だったその人は、現在、某本山のトップ。この家からトップが出たのは、これで二人目。この人の父がやはり同じ本山のトップだったはず。

そして、我が父の名前は、私の仲人をしてくれたこのトップさんの御祖である当時の住職が名付け親。

父は寂しくなると、この寺まで薄暗い田んぼ道山道を抜けて、数十キロもの距離を住職に会いにいっていた。若干9~10歳くらいのこと。

寂しくて、「みんなと一緒に母屋に寝たい」と言っても、住職は、一度もそれを許さなかったという。

 

そして、いつも諭されることは同じ

「強くなれ、心が強くならないと人にやさしくはなれない、誰も守れない」

そればかり繰り返し言われたらしい。

 

父は、30キロ以上の道のりを大人の自転車をつま先でこぎ、やっとたどりついても、温かく賑やかな母屋の明かりには近づけず、本堂で、住職とふたりきりで、向き合って夕飯を食べ、説法を説かれ、ひとり、広い本堂に布団を敷いて寝かされた。

犬の遠吠えや風の音が怖くて、仏像の目が怖くて、布団をかぶって朝までトイレも我慢したこともあったと言っていたが、何度かそういう思いをして寝たのち、やがて慣れていき、薄明るい蝋燭の灯に浮かび上がる仏像の顔が、だんだん優しく見えてきたと言っていた。(父は、決して、それほど信心深くはなかったが)


※このイラストはイラストレーターから仕上がってきた画のラフ画です。
父が、寂しくて遠い道のりたどり着いた寺の絵。kindle出版する本一冊目の一場面です。

 

この某本山の現在のトップ(位の呼称は伏せます)の僧侶は、両親の葬儀と一周忌に来てくれた。自宅で行った葬儀でも、その宗派とは違う寺での法要でも、一緒に並んで登場したけど、そういうものなのだろうか。有難いといえばありがたい。

ありがたい安産のお守り

私が妊娠した時、お寺に呼ばれた。父が幼い日、ろうそくの灯にうっすら照らされた仏像のもと眠った本堂。(ただし、私は新しくなっていた部分にお邪魔したが)そこで、私は有難いお守りを頂き、ありがたい説法を説いていただいた。

そうして生まれた私の子だったが、すでに、その子はこの世にいない。

 

大切な家族たちの死とお坊さん

まもなく、怒涛の如く襲ってきた我が家の度重なる葬儀やイベントで、あっという間に20年以上の年月が過ぎた。

従兄が死んだとき、私はこの本山に電話をした。普通に「◎◎さん、いらっしゃいますか。親戚なんですけど」と。電話口に出てくださって、30分くらい、親族の現在の様子や私の暮らしなどの話をした。子供さんは元気?と聞かれ、はいと答えたが、その後2か月もしないうちに、私の子は死んだ。

この時期、パズルが埋まっていくように、我が子の死に向かって不思議なことが次々起きていた。そして、この時期は、なぜか、FBで多くのお坊さんと知り合っている。禅に興味を持つようになったのもこの頃だし、チベット仏教にも興味を持ち、チベット仏教系のものを扱っているお店で、写仏用の仏画と写経セットを購入し、写仏・写経を始めたのもこの頃だ。

まるで、我が子の死に標準を合わせたように、カチカチカチ……と、私は、多くのお坊さんたちと知り合っていくことになる。スマホの待ち受けに薬師如来像の可愛いタッチのイラストを設定したのもこの時期。

 

また、本山に電話をした図々しさ、頭が変になっていた

私はしばらくの間、精神状態がおかしかったので、我が子の死後、その某本山に、また電話をしている。

図々しいにもほどがある……が、しかし留守だった。電話口に出た人は、私の話を丁寧に聴いて、確認して、必ず伝えると言ってくださった。あの人もお坊さんだったのだろうか。話の聴き方がそのような感じだった。

当時、某本山の少し偉い立場の親戚のお坊さん(と思ってたが)に関して、私は「ひょっとしたら居留守かも」とも思った。トップになっていたとは思っていなかったが、居留守を使ったんだろうと……。

そもそも、そんな暇人じゃないだろうに、私は人を信じられなくなっていたのだ。

 

Momo(c)-寺画像ラフ
※このイラストはイラストレーターから仕上がってきた画のラフ画です。
父が、寂しくて遠い道のりたどり着いた寺の絵。kindle出版する本一冊目の一場面です。

 

しかし、昨日、偶然知った。

長電話をした時期、ダライラマが来日したり、日本は未曽有の災害に襲われた時期だった。そのお坊さんも、何かと忙しい時期だったようだ。なんと・・そんな時に、私は電話していたのだ。私はいつもタイミングが悪い。配慮が足りない。

そして、今更ながらに感謝したこと。

私は自分のお仲人だったこのお坊さんが、現在、某本山のトップになっていたことを全く知らなかった。本山の役職では上の方にいるということくらいしか知らず……。この時すでに、次期、トップになるほどのお立場にいた人だったとは、そんな偉い高僧になっていたともしらず「◎◎さんいますか?」で長電話をしてしまった。自分の悲しみ傷みだけが、私を包んでいた時期でもあった。何も誰も見えなかった。

インターネットでも、複数のSNSでお知り合いになったお坊さんと繋がっているが、私が知り合ったお坊さんには、感謝でいっぱいだ。

先日は、菩提寺の奥様がたくさんの食べきれないほどの野菜を届けてくださった(大きな大根で切り干しを作ろうと、現在、ベランダに大根を干している)。

大きな大根でした。千枚漬け、煮物、おでん、浅漬け、切り干しを作りました。
切れない包丁で切りました。スライサーもキレが悪いので、ちょっと不細工ですが煮ればおいしいです。

私は、なにかに守られているかもしれないと思うことが多い。

しかし、あえて欲を言うならば、

「どうせなら、私ではなく、我が子を守ってほしかったけど」

※現在、その本山のトップである高僧とは、まったく縁は途絶えました。それ以来、連絡をしていませんし、訪ねていったこともありませんので、念のため。

【父が逮捕された頃に……】インプレッションが低いチャンネルの理由

インプレッションが低いおススメされない動画

私は、趣味のハンドメイド動画サイトと、今作品以外の執筆物に関してご紹介する動画サイトを持っています。しかし、インプレッション数はとても低いです。

Youtubeの場合、観たくないのに、お勧めにでてくる動画は「この動画は好みではない」をクリックすると、お勧めに載らなくなります。

中途半端なカテゴライズに入ると思うので、アウトロー動画を期待する人からも期待外れだし、家族や子育て、あるいは同世代の女性などからしても、お勧めに出てきても、パッと見てスルーする動画に入るでしょう。どちらも誤解がありますが、なかなか難しいです。

最初の頃から比べると、日を追うごとに少しずつ上がってはいますが、まだまだですね。

ちょっと話がだらだら長い、更新頻度が少ない

というのも理由として大きいかもしれません。

ただ、「公序良俗に反している」「暴力団関係者、反社会勢力関係者」ということで、注意チャンネルなのかなと、ふと被害妄想したことがあります。ありえなくもないかなとか思うと、これは、逆に差別になるんじゃないかとか(笑)。すでに両親は他界して40年近くたちます。

それは、そもそも妄想です。

実際、有名人の方で、そういう関連につながっている方や、ご家族にそういう方がいる方の動画などもありますし、Vシネ俳優さんたちの中には、今の時代、交友関係が言えない関係の方も、ゼロではなくいますが、YouTubeは稼働しています。

したがって、私のチャンネルのインプレッション数値は、そういう理由ではないです。

結論から言うと

たぶん、「YouTubeが拡散させたくない動画」というわけではありません。

ただ、一般的に不快感を感じる可能性がある内容となれば、露出が劇的に少なくなる可能性もあります。YouTube的に「あまり好まれてない動画であるという判断」というのはありそうです。

明るく、楽しく、美味しく、きれいに、かわいく、そして、人助け的な要素を全面に出しているか、かわいそうな動画、かわいそうだけど幸せになった人や動物の動画、グローバリスト、リベラルにかなり親和性があるがYoutubeとは相性がいいです。古典的な家族や組織はGA-FAとは親和性が低いです。

サムネイルとタイトルでも大きく違うのだそうです。

しかし、釣りみたいなキャッチコピーを付けるのはまだまだ抵抗があったり、浮かばなかったりします。あくまで、内容に即したものを使いたいと思うのです。それじゃ、ダメなんでしょうね(苦笑)

そんなに、ケタ外れに大々的にYouTubeを拡散する気はありません。

批判に負けてしまう気がしますから。

けれど、そこそこYouTubeで視聴数が伸びない動画なら、キンドル本も出しても読まれないだろうと思うのです。

キンドル本の出版の為に、作った動画チャンネルなので、もう少しくらいは伸びてほしいところですが、いつまでも、閲覧数100人も行かないようであれば、チャンネルは閉鎖しようと思います。

一切、ネットでの発信は停止して、静かに電子図書出版しようかなと。

もともとは、遺言書のようなつもりで書き始めたものです。

というわけですが……

とりあえず、

もう少しの間、様子を見て見ます。

昨日更新した動画です。『あの頃、私を支えてくれた本』

昨日、アップした動画です。よろしければご覧ください。