令和5年「除夜の鐘が聴こえない今の暮らし」に思う

数少ないブログ読者の皆様へ

明けましておめでとうございます。

新年は、どのように過ごされたでしょうか。

 

令和5年の年明けは……

今年は(ほぼここ数年そうですが)初詣もいかず、家の中でプチプチと文字を打って過ごしました。しいていえば、年越しそばとお雑煮を食べたことくらいの違いで、いつもの「月初め」と同じように過ごしました。

某月31日から、翌月1日になっただけです。

私の中の年末年始

NHKの紅白歌合戦のラストで野鳥の会が数を数え、いきなり画面がかわって、日本のどこかのお寺の除夜の鐘が、響き始めたころ、近所のお寺の除夜の鐘も響き始めます。

「今年はどこのどんなお寺の鐘が鳴るのか」と、楽しみにしていたものです。

今は、TVを処分して家にないので、『ゆく年くる年』も、ここ数年、観ていません。

昭和のような年末年始を過ごしたいものだと思いますが、ここ数年は、「除夜の鐘がうるさい」という声に従ってしまうお寺も多いようです。お寺さんも色々、社会との兼ね合いで事情があるのでしょうね。

お葬式をあげない、お寺にお布施などしない、そういう人たちが、年々増えていますから、除夜の鐘などどうでもいいのしょう。

宗教の幽霊化・新宗教のステルス化

宗教に関しては、これからさらに混沌とした時代に入っていくでしょうね。様々な宗教問題、ショッキングなカルト事件などが複数あったために、今では、スピリチュアル系のコミュニティ(全部とはいいません)の中には、ミニカルト的な動きをしているところもあるのだそうです。あるいは、個人的に霊能力があるというプロフィールで、心理カウンセラーやスピリチュアルカウンセラーとして相談にのるうちに、洗脳していくという形もあると聞いています。(私自身も霊能力が強いほうですが、そのようなビジネスをするつもりはありません)

宗教の多様化とでもいいましょうか、悪いものばかりではないのでしょうが、そう信じたいところですが……、色々な問題は、あるようですね。

宗教は奥が深いものであり、それでいてsimpleなものでもあると考えています。

ですから、深い分だけ、シンプルな分だけ、選ぶ言葉で誤解が生じます。かじりかけの言葉を、まるでピースを繋ぐような拙い言葉で語るのはおこがましいので避けますが、無宗教は、無道徳につながる可能性がある気がして危惧しています。

さりとて、「あなたがそれいう?」と思われる人も、きっとたくさんいらっしゃることでしょう。

宗教は、政と並ぶものでもなければ、政の下にあるものでもなく、それぞれの心の支柱となる命の源泉であると考えていますが、簡単に、人様にひとつのブログ記事で語れるものではないだろうと思っています。

私ごときが(笑)

そして、

除夜の鐘が消えていけば、次は、祭囃子が消えていくことでしょう。

日本の歳時記を大切にしたい皆さんは、これをどうお考えでしょうか。

今日は、混乱に突入している世界と時代に想いを至しつつ、除夜の鐘、一年の始まり、日本の歳時記などがオーバーラップしたので、ここでとりとめもなく書かせていただきました。

読者の皆さんにとって、2023年が、少しでもよいお年になりますようにお祈りします。

今年は、出版します。今後とも、よろしくお願いします。